坩堝(るつぼ)なエンタメNews♪

坩堝(るつぼ)なエンタメNews♪

混沌としたエンタメNewsをお届けします♪

6/24公開映画『いつまた、君と』観てきました、ネタバレなしの感想&意見です♪




<スポンサーリンク>



 

 

尾野真千子主演、向井理企画・出演、野際陽子出演、山本むつみ脚本

 

f:id:kanreki7:20170623125859p:plain

(画像出典:映画.com

 

この画像は、映画『いつまた、君と』の公式のポスターです。

これを使って、簡単な人物紹介を...。

 

こちらから見て、右に写っている女性が物語の主人公・芦村朋子さん。

メインは、尾野真千子さん、そして、晩年を故・野際陽子さんが演じています。

 

そして、左に写っている男性が、朋子さんのご主人、芦村吾郎さん。

朋子さんと出会い、結婚、そして、47歳で亡くなるまでを向井理さんが演じています。

 

この2人、ずっと文通をしており、はじめて喫茶店で遭ったとき、つまり初デートで、お互いが恋に堕ちてしまいます。

どちらかというと、朋子さんが吾郎さんにぞっこんになってしまうのですね。

 

さて、3人の子らは、当然、朋子さんと吾郎さんの宝物の子供たち。

一番前が長男、その左上が次男、そして、朋子さんが抱いているのが生まれたばかりの長女・芦村真美。

朋子さんの晩年、真美は岸本加世子さんが演じます。

 

どうも、朋子さんと娘・真美さんとの間には【拭いきれない軋轢】があるようなのです。

それは何か...。

 

公開初日、お客さまの入りは...

 

「くろ子」は、公開初日、地元映画館で17:45上映の回で観てきました。

初日ですが...客入りは少なかったです。

「ヤフー映画」と「映画.com」の2サイトを観る限り、評価人数が極端に少なく、注目度は高くない作品なのかもしれません。

 

この『いつまた、君と』は、向井理さんの祖母の話で、向井さん企画の作品です。

脚本は、『ゲゲゲの女房』で向井さんと一緒に仕事をした山本むつみさん。

山本さんは、『ゲゲゲの女房』(2010年、NHK)以外にも、10月ドラマで第2シーズンで復活する『コウノドリ』(2015年、TBS)や、市川海老蔵さん主演で話題になりました『石川五右衛門』(2016年、テレビ東京)などの脚本を担当している売れっ子さん。

 

そして、野際陽子さんの急逝もあり...。

 

初日の観客はそれなりに多いのではと予測していましたが...。

 

『ヤフー映画』と『映画.com』を確認すると...

 

以下、この記事を公開する6/25現在の数値です。

 

「くろ子」は先日、映画『22年目の告白 -私が殺人犯です-』を観ました。

この『22年目...』は...

  • 『ヤフー映画』では、評価点 4.13(5点満点)&評価人数 1974人
  • 『映画.com』では、評価点 3.8(5点満点)&評価人数 227人

この2つの評価を総合すると

  • [A] 評価点 4.10&評価人数 2201人となります。

 

一方、『いつまた、君と』は...

  • 『ヤフー映画』では、評価点 3.33&評価人数 48人
  • 『映画.com』では、評価点 3.5&評価人数 6人

この2つの評価を総合すると

  • [B] 評価点 3.35&評価人数 54人となります。

 

このように[A]と[B]を比較すると、明らかに[B]『いつまた、君と』のほうが評価が低い、そして、随分と差がある...ということになりますが...。

 

感じ方は自由!?

 

藤原竜也さんのファンには申し訳ないですが、『22年目の告白』は、評判ほど「面白い」とは感じませんでした。

 

一方、かなりの期待Maxで観た『いつまた、君と』は、期待が大きかっただけに「あれ!?」と思ったところがありましたが、それでも、『22年目の告白』よりは「面白い」と感じました。

 

なぜ、こんなことをわざわざ書いたかというと...

 

  • 映画の感じ方、評価は、人それぞれ 

ということを伝えたいからです。

 

それじゃ、身も蓋もないじゃないか...とお思いかもしれませんが...。

 

一般的な評価がどうであるかなんていうことは、実は、「どーでもいい」ことなんです。

そうは言っても、選ぶときの切り口のひとつにはなる。

一般的評価はその程度に受けとめればいいと思っています。

ただし、自分以外のひとたちに説明するときには、それなりの情報にはなるということです。

 

「くろ子」は、これまでたくさんの映画作品を観てきました。

で、毎回、世間の評価を気にしてきましたが、世間の評価と自分の評価が一致しないことがほとんどです。

 

この「事実」は、【世間の評価は意味がない】ということではありません。

一般的にはどうか、とか平均的にはどうかという見方は、常に、有用です。

多くの人にとって。

 

一方、この「事実」は、【受けとめ方は人それぞれ】ということを証明しています。

「世間の評価」は参考にはなるけど、それに自分の受けとめ方を一致させる必要は、サラサラないわけです。

 

そもそも映画はメタファー...

 

ここからは全く「くろ子」の独断というか、独自の考え方です。

すこし、まどろっこしく感じるかもしれませんが、このブログで映画評を書くのが初めてなので、「くろ子」の映画に対するスタンスを説明しています。

 

_/_/

 

そもそも映画というのはメタファーの塊であり、そのメタファーこそが命だと思っています。

 

メタファーというのは、隠喩(いんゆ)。

比喩の一技法であるものの、比喩であることを露骨に明示するものではないということです。

世の中の物語は、それを伝えようとした時点で、メタファーなのです。

 

そして、メタファーの面白いところは、作者が意識・無意識で意図したメタファーと、観る者が受けるメタファーは異なる、すなわち、必ずしも一致しないということです。

 

観る者、受け手は自由にいろんなメタファーを受け取っていいのです。

そういう自由度があるからこそ、映画は「面白い」のです。

 

このことは、Aさんにとって「面白い」と感じた作品が、Bさんにとって「面白くない」ということがあり得るし、それでいいのです。

 

そして、どんな程度であっても作品から、なんらかのメタファーを受け取ったら、その作品は、その人にとって価値があるのです。

 

また、その作品から、なんのメタファーがも受け取らなかったとしたら、それは、その人のその日の受信感度が調子悪かっただけなのかもしれません。

 

企画・出演、向井理の言葉...

 

映画『いつまた、君と』を企画し出演している向井理さんが、公式サイトでこういう言葉を発しています。

  • すべての人にファミリーヒストリーはあると思うので、この作品は観る方自身が主人公だと思います。

 

これこそ、『映画はメタファー』ということを言い当てています。

 

観る人、それぞれが、自分の目線でいろんなことを感じ取る。

人が生きてきたプロセスは、みんな違うわけですから、その「自分ヒストリー」を切り口に感じ取るメタファーは、みんな違うわけです。

 

「くろ子」の感想

 

遅くなりましたが、「くろ子」の感想です。

 

戦後10年ちょっとに生まれた「くろ子」には、戦後復興での「それなりに貧しい」経験はあるものの、戦争の記憶はゼロです。

 

なので、そういう、戦後復興プロセスのなかの大変さは、「想像はできる」ものの、共感するほど感じ入るものはありませんでした。

 

一方、それなりに幸せな家族を持つ家庭人「くろ子」としては、

  • 朋子が貫き通す【ぶれない「愛」】

には、いろいろと感じ入ることが多かったです。

 

「くろ子」の家族〜母と父、義理の母と父、パートナー、子ども〜について、「感謝」を感じた2時間でした。

 

  • どうして朋子は、あんなにも夫・吾郎を愛し続けられたのか。
  • 初めて出遭って恋に堕ちた2人には、どういう力が作用していたのか。

 

そういうことを考えて、ずっと作品を観ていました。

なんとなく分かったこともあれば、最後までわからないこともありました。

それでいいんだと思います。

 

家族を思う気持ちは、より温かく、そして強くなって、劇場を後にしました。

 

_/_/

 

『いつまた、君と』については、こちらの記事もどうぞ。

 

まとめ

 

繰り返しますが、ここで映画評を書くのは最初なので、いろいろとめんどくさいことを書きました。

 

一番お伝えしたかったことは

  • 映画はメタファー

ということです。

 

少し間を置いてから、もう一度観たいと思っています。

 

  • 記事更新日:2017年7月19日
  • 記事公開日:2017年6月25日